データでは見えない被災地医療の真実とは?統計とは、例えその数値自体は正しくとも、一つ解釈を間違えると真逆の結論させえ現出させてしまう物。
ここでは、そうした“被災地の実情を表した”とされる統計資料に含まれた問題についてみていきましょう。

統計に現れない真実~被災地医療のこれから

先の大震災で、岩手県内の医療機関は19棟が全壊、38棟が一部損壊しました。さらに訪問看護ステーションなどの介護関連事業所についても岩手県内だけで30箇所が全壊しています。テレビなどで被災地の映像を見て、ショックを受けた方も多いでしょう。震災は被災地医療にも大きな爪痕を残したのです。

被災地医療もちろん、被害を受けたのは施設だけではありません。
被災地の病院に勤めていた看護師19名が亡くなっています。

震災後2年経過した今、そういったショッキングな状況からは復興してきているものの、まだまだ看過できない問題が山積しているのが現状。“いくつの病院が全壊した”だとか“どれくらいの人が病院にかかれていない”といった、数値集計が取り易い問題はすぐに対処されるものの、統計から見えてこない問題について放置されがちです。

一般の方であれば簡単に見えてこない問題を無理に知る必要もありませんが、私たち医療従事者はそれではいけません。こちらでは、そういった見えにくい問題について再認識して頂きたいと思います。

公的な統計だけで医療の現状は分からない!

まず手始めとして、岩手・宮城両県の外来患者数についてまとめた統計を先に見て頂きましょう。

2008年と比較した外来患者数のデータ

地域 2008年 2012年 増減率
全国 6,865,000人 72605,000人 +5.8%
岩手 75,600人 72,600人 -4.0%
宮城 111,500人 115,4000人 +3.5%

岩手県では患者が減っていますし、宮城県についても全国平均より患者数の伸びが少なくなっているのが分かります。
これは、被災地には“震災によって病気を悪化させた方が多いだろう”といった一般的な感覚とは真逆の結果です。

次に、震災後の医療費についてまとめた統計を確認してみます。

●震災後の医療費支出総額(公的負担)の上昇率データ

  • 全国:+2.79%
  • 岩手:+0.85%
  • 宮城:-0,07%
  • 福島:-3.15%

こちらも、普通に考えた場合に予想される結果とは相反しています。全国平均と比べて、被災した県のほうが医療費が増え方が少ないのです。岩手県は全国に比べて医療費の伸びが少ないですし、宮城県と福島県にいたっては公的医療支出の総額について、伸び率がマイナスになっています。

しかし、これらのデータから“被災地の人達の健康状態は問題なし”とか“受診者が減っているので早急な増床はしなくても大丈夫”と判断するのは早計です。実は震災による病院数の減少や、病院規模の縮小によって、体調を崩しても医療機関を受診できない人が増えただけという可能性もあるからです。また、県内の医療機関が機能低下してしまい、県境付近の患者が他県の医療機関を受診していることにより、データから漏れてしまっている可能性も考えられるでしょう。

今のところ、被災地の健康状態を細かく調査できていると信用するに足り得るデータは出回っておらず、“なぜ医療費・外来患者数が減少したのか”をハッキリと説明できるものはありません。しかし、被災したことによる人口流出が一因となっている可能性がありますので、ここでは、流出人口と医療費の増減について相関性がないか検証してみたいと思います。

人口減少と医療費の増減に関する検証データ

地域 震災時~2012年時点の人口変動率 全国の医療費増減率(+2.79%)
と各県医療費増減率の差
岩手 -0.01234% -1.94%(岩手の医療費は+0.85%)
宮城 -0.00977% -2.86%(宮城県の医療費は-0.07%)
福島 -0.02153% -5.94%(福島県の医療費-3.15%)

以上から、日本全国の医療費増減率と各県の医療費増減率は1.94%~5.94%もの差があるにも関わらず、減少した人口は最大の福島でも0.02152%となっていることが分かります。要するに、人口減少の影響を考慮しても、医療費の増加率が有意に全国平均より低いという結論に至りました。

となれば、人口の減少以外に、東北3県の医療費が大幅に低くなった理由が存在し、その受診抑制の原因こそを取り除かなければならないということは明白です。政府や県は、本来そのデータをまず作成しなければならないのではないでしょうか。

震災などの大きな災害が起こると、統計データにはどうしても欠損が生じます。普段の福祉・医療体制とは別の特別対応によって医療を提供される方もいて、そういった特例は調査結果から漏れていることも多くあります。

このように、被災地医療の復興状況について考える時、現時点で出回っているデータをそのまま信用すると、事実誤認を招く恐れがあるということを知っておきましょう。

医師・院長を対象としたアンケートで医療の現状把握

次に日医総研が被災地の医師を対象に行ったアンケートの結果を確認したいと思います。
まず、震災の前後で診察量や患者数がどのように変化したのかを質問したアンケート結果を見てみることにしましょう。

●震災前後の診察量

  • 増加した:32.6%
  • 変わらない:50.4%
  • 減少した:13.6%

●外来患者の数

  • 増加した:28.2%
  • 変わらない:45.8%
  • 減少した:20.2%

次に、病院長を対象にしたアンケートで、人員が充足しているかどうかを調査したものを確認してみましょう。ここで言う“人員”とは、医師だけでなく看護師・病院薬剤師・介護職員などのコメディカルスタッフも含まれています。

●人材が充足しているかどうか

  • 充足している:21.8%
  • 不足している:69.1%

以上から、被災地では医療機関の仕事量が増加しており、全般的に医療従事者が不足していることが分かります。

医師に直接的に質問したアンケート結果は、上で紹介した患者数&医療費の統計と食い違っていることが明白です。統計上は外来患者が減っており医療費も減少しているのに、医師の実感としては仕事量が増えているわけですから。メディカルスタッフの実感を信じるならば、まだまだ被災地の医療が充足していないことになりますね。

最後に、これから転職・復職を目指す看護師さんに役立つ情報として“医師およびコメディカルスタッフが特に不足している診療科目”についてのアンケート結果を掲載しておきます。回答したのは院長で、人材不足を感じている科目が複数ある場合は複数回答をOKにしたアンケートです。

●コメディカルを含む人材が不足している診療科目

  • 内科:72.7%
  • 精神科:29.5%
  • 外科:15.9%
  • 小児科:15.9%
  • 産婦人科:13.6%
  • 眼科:10.6%
  • 泌尿器科:8.3%

圧倒的に多いのは内科でしたが、精神科についても人材需要が大きく高まっているようです。

今、被災地医療に貢献したいという看護師さんは、こういった特に人材不足が深刻な診療科目に転職してみてはいかがでしょうか?

1人の力は小さいかも知れませんが、それが100人、1,000人と集まった時、東北の医療は復興へ向けて大きな一歩を踏み出すことでしょう。