震災による影響で、岩手の医療現場には様々な課題が山積している状況ですが、実はそれ以前から続く問題もあるのです。
ここでは、そうした根本的な問題点を明確化するために、ひとまず被災地医療の問題とは切り離した形で、この課題を検証していきましょう。

問題が起きてからじゃ遅い!医療現場の今

医療現場の問題点医療現場における問題の最たるものは、やはり医療過誤でしょう。時折、医療従事者のミスによって患者さんが死亡したり重症化してしまい、医師・看護師が業務上過失致死などの罪に問われるケースが報道されることもありますね。

最も重要なのは“どういう場合に問題が発生するか”を明確化して今後に役立てることですから、よほどのミスでない限りは事実を偽りなく証言するのと引き替えに免責されるのが普通です。ちなみに、この制度は米国の飛行機事故の調査方式を参考にしたもので、故意や重大過失でない限り責任追及より原因究明を重視することで、失敗例を効率良く問題改善に繋げること意図してるそうです。

しかし、それでも医療に従事する者としては“ミスをしたらどうしよう”という恐怖が常に頭のどこかにあるもの。ともすると報道機関は医療事故を殺人と同列のように扱うことがあり、医療従事者としては頭の痛いところです。
もちろんミスが許されないことは重々承知していますが、人間である以上“絶対”はありませんから…。

そして、こういった医療事故の根本原因となっているのは深刻な医師・看護師不足。こちらでは、医療現場が抱えるリスクの多くが人材不足に端を発しているという事実をご紹介したいと思います。

医療行為別~医療過誤の発生率

医療行為 事故件数 比率
薬剤 139件 6.4%
輸血 11件 0.5%
処置・治療 505件 23.1%
ドレーン 175件 8.0%
検査 86件 3.9%
療養中の世話 950件 43.5%
その他 257件 11.8%

上記のように、実に医療過誤の半分近くが“療養中の世話”において発生しており、よくニュースで報道されるような薬剤投与ミスや処置中の事故は3割に満たないのです。

医療過誤に関連したスタッフは4,641人の医師が最多で、4,409人の看護師が僅差で続きます。絶対数が多いことも関連するでしょうが、医療過誤の43.5%が療養中のケアで発生していることを踏まえれば、看護師のミスによるものが多いのは間違いありません。

こうした事件の当事者になってしまわないよう気を引き締めて臨みたいものですね。

看護師の立場だからこそ訴えたいのはコレ

社会問題クラスの話ではありませんが、看護師として指摘したい部分はたくさんあります。ただでさえ多忙な看護師の仕事を余計困難にするような問題が多いと、本当に神経を使わなければならない部分に100%の力を回せなくなってしまうからです。

看護師の労働環境は最悪!?

医療過誤の免罪符にはなりませんが、実際、看護師の労働環境は過酷です。その労働環境が看護師によるミスの一端になっていることは間違いありません。看護師の23人に1人は、過労死してもおかしくないとされる月60時間以上の時間外勤務を課せられているのです。看護師の平均勤続年数が7年と、全職種の平均である9年に満たない状態で高い離職率を示しているのは、こうした過酷な労働環境のせいでしょう。

特に人手の足りない病院では、日勤⇒深夜勤、準夜勤⇒日勤というシフトが当たり前のように組まれます。しかも看護師2人で患者40人などという、配置基準も何もない状況で駆け回り、日勤が終わったら家で2時間だけ眠って、また深夜勤といった状態になっていることがあるのです。

こういった状態では、点滴を落とす速度を誤りそうになったりといったヒヤリハットは日常茶飯事。常に医療過誤と隣り合わせの状況で働いています。

まず、この状況を改善しなければ医療過誤を防ぐことなどままなりません。

実際、“これは看護師じゃないとダメな業務なのか?”と疑問を感じてしまうような仕事が多く存在しているのも問題でしょう。

検査や他科受診につきそうのは、別に看護師じゃなくても問題ないはずですし、予約や会計に関する説明なども看護師が行う必要性があるとは思えません。時には患者さんの買い物にまで付き添うことがありますが、これに至っては「看護師は便利屋じゃない!」と声を大にして言いたいほど。これらは専属の事務員のような役回りの人を用意すれば済むことでしょう。

医療現場の問題点とは?こういった雑務に追われるがために、患者さんをケアするための充分な時間が取れなくなっているのは、まさに本末転倒というべきでしょう。ただでさえ医師・看護師の人材不足が叫ばれる中で、医療現場が今のような状況のまま放置されているのは大きな矛盾です。

それにも関わらず、特定看護師などという制度の導入が議論されているというのですから、もう呆れるしかありません。これは、医師の具体的指示があれば医療行為を行っても良い看護師を育成しようという計画で、看護師の業務をさらに増やす方向性のものです。

看護だけでも手が回らないのに、これ以上仕事を増やされたら、
医療現場はますます危険な状態に陥ってしまうに決まっています。

ただでさえ日本の医師数・看護師数は他の先進国と比較して非常に少ないことが知られてるのですから。こうした問題は、100床あたりの医師数・看護師数を米国と比べてみると、現状がいかに不条理であるか理解できるでしょう。

日米の医師&看護師数の比較

職種 日本 アメリカ
医師 100床あたり10人 100床あたり65人
看護師 100床あたり40人 100床あたり200人

このような状況でありながら、本来の業務とかけ離れた仕事が看護師に割り振られているというのは何とも理解しがたい話です。

岩手県で発生した医療過誤の例と予防策

体位交換岩手県で看護師が医療過誤を起こした例としては、2012年4月に発生した岩手県立久慈病院の事故が挙げられます。これは、関節拘縮を起こしている寝たきり患者に対する床ずれ防止の体位交換を実施した際、本来2人で行うべきところを1人で行ったために大腿骨を骨折させたというもの。

これはどんな看護師でも場合によっては引き起こす恐れのある医療過誤といえます。体位交換などは日常的なケアですから、時には「1人でやっといて!」といった形で作業規定を省略する事もあるでしょう。それでも100%集中して行えば、まだ防げた事故かもしれませんが、人手が足りないほどの状況では、処置中に次の作業に意識がいってしまっていることも往々にしてあります。ふとしたミスは、そういった時に起こるものです。

ちなみに、岩手県立中央病院では、こういった医療事故防止に対する現場の取り組みを強化しており、その具体的な施策も公表していますので、参考までにその一端を紹介しておきましょう。

例えば、患者さんの転落防止対策として、ベッドサイドプロテクターを設置している他、離床センサーといった物も導入。この離床センサーは、クリップを使って患者さんの衣服に取り付けられるようになっており、ベッドから落ちかけるとクリップが外れて自動的にナースコールが鳴る仕掛けです。

他にも、患者さんが衝突する可能性のある観音開きタイプのドアには注意を喚起する黄色いシールを貼ったりと、細かい所に気を遣っているのが印象的です。こういった小さな気遣いの積み重ねが、医療過誤を減らすことに繋がっていくのでしょう。

しかし、前述した久慈病院の例でも、やはり人手不足が医療過誤の根本原因であるという感は拭えませんね…。

岩手の医療を揺るがしたニセ医師問題

こちらは看護師と直接の関係はありませんが、岩手県の医療現場で発生した問題としては、ニセ医師問題が挙げられます。
岩手県立病院が採用を決めた心臓外科の女医が、契約寸前で無資格の偽物だと判明したのです…!

何でも普段から医師の身なりで外出しており、自宅マンションの近隣住民にも「大病院に勤務していて億単位の貯蓄がある」というような話をしていたとのこと。さらに、採用面接には“婚約相手の医師”と称する男性まで同行させており、誰もウソに気づかなかったのだとか。3回にわたる面接でも、専門用語を駆使した会話をそつなくこなしており、まったく疑われなかったというから驚きです。

こうして全く疑われないまま、年収2000万円という超好待遇での採用が決まったのですが…すんでのところで最悪の事態は回避されました。
ファックスで送られてきた医師免許のコピーに、厚労大臣印が捺されていないことに気づいた職員がおり、以前勤務先とされていた病院に問い合わせたところ勤務実績がないことが判明したのだそうです。

もし、医師免許がもう少し精緻に偽造されていたら果たしてどうなっていたのか…。最悪の場合、宮古市民の心臓が素人に切られる恐れもあったのかと思うと、何とも背筋の寒くなる話です。

しかし、これは単にニセ医師が逮捕されたことだけには留まりません。この背景には、むしろ岩手の医療現場全体に通じる問題が潜んでいます。
そんな怪しげな人間を良く見極めないうちに採用してしまいたくなるほど、岩手は深刻な医師不足に悩まされているのです。

東北・北海道の医師充足率は全国最低の73.1%。いつ呼び出されるか分からず、超がつく多忙な救急外科医は特に人気がないので、常に猫の手も借りたい状況が続いています。この問題を解決しないことには、いつ同じような事件が発生しないとも限りません。

岩手県としても、こうした状況を少しでも改善すべく、医師や看護師の育成支援制度も整備してはいますが、結局のところ最後にものをいうのは、こうした制度面では補えない、医療従事者側の“気概”ではないかとも思います。

ここまで述べてきた事と相反するようですが、過酷な環境だからと忌避するのではなく、この状況だからこそ医療現場に踏み留まる、あえてこの状況の中に身を投じる気概を持った人が1人づつでも増えてくれれば、それによって周りの負担も僅かであっても減少していくでしょう。

結局のところ、人間を救うことができるのは、人間だけ。それは、患者さんを救うということは勿論のこと、共に働く医療従事者を救うという意味においても同じです。だからこそ、今、岩手の医療現場はあなたの力を必要としているのです。